日本甜菜製糖 創立100周年記念祝賀会 “開拓者精神”で歩み続ける

日本甜菜製糖は10日、糖業会館で創立100周年記念祝賀会を開催した。得意先関係者など約100人を招待して同社の歩みを祝うとともに今後の日甜を語り合った。講演では実家で、てん菜も栽培していた日本カーリング協会ジュニアナショナルコーチの小笠原歩さんが登壇してソルトレイクからソチまでのオリンピック秘話を語った。

祝賀会は役員紹介の後、冒頭あいさつに立った惠本司社長(日本甜菜製糖)が次のように述べた。

惠本司社長のあいさつ

無事に創立100周年を迎えて皆さまのご尽力と諸先輩方の幾多の苦難の歴史を顧みると万感胸にあふれる思いがする。

わが国の甘味資源確保と北海道農業の振興という2つの使命を果たすべく大正8年に当社前身、北海道製糖が創立した。翌年、旧日本甜菜製糖が創立され、大正9年には北海道製糖の帯広工場が完成、大正10年には旧日甜の清水工場が完成した。操業当初は原料の確保が困難で経営を圧迫し、旧日甜は大正12年に明治製糖に吸収合併された。

しかしながら、てん菜糖業が寒冷地農業の基幹作物として適応することが生産者に深く浸透し、徐々に作付面積は増加。昭和11年には明治製糖士別工場と、北海道製糖の磯分内工場が完成した。

しかし、戦時下のコメ、麦への転作奨励でてん菜農業は衰退。北海道製糖は明治製糖の傘下に入り、社名を北海道興農工業に変更した。終戦後の昭和22年に現社名の日本甜菜製糖に生まれ変わった。やがててん菜糖業の振興運動が展開され、昭和32~37年の6年間で当社の美幌製糖所を含め、6工場が操業を開始した。ペーパーポッドによる移植栽培法の普及や優良品種の導入、生産者の弛まぬ営農努力で飛躍的な収量増によっててん菜は北海道の輪作体系の基幹作物になった。

当社はてん菜糖業のパイオニアとして「開拓者精神を貫き社会に貢献しよう」の社是の下、北海道農業の振興などに努めてきた。経営基盤強化ではイーストやオリゴ糖など食品事業、飼料事業、農業資材事業、不動産事業などの多角化も図ってきた。

現在、砂糖の消費量は消費者の低甘味志向や加糖調製品、異性化糖、高甘味度人工甘味料の浸食等により減少傾向が続いている。北海道が日本の食糧生産基地であり、要であるとの矜持を持って、関係者と強調しつつ現行制度を維持し、日本の農業を未来につなげていく責任があると思う。

当社の根幹であるてん菜糖業はまさに北海道開拓の歴史であり、環境変化に対応しながら先輩たちが血のにじむような努力で切り開き、残していただいた宝である。今、スズラン印のお砂糖は全国のお客さまにご愛顧いただいている。この宝を大事に育てて、これからも誇りを持ってお客さまにお届けすべく倍旧のご支援をお願いしたい。

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来賓祝辞 大西商事 内冨健太郎相談役

私は砂糖業界に入って62年になるが、昭和33年から日甜さんと付き合いがある。本日ご参会の皆さまの中では一番年上かと思う。元気な証拠はずっと「スズラン印」のお砂糖を食べているからである。砂糖を悪者にするのは間違っている。

ペーパーポッド移植栽培の技術力の高さは各表彰歴からも分かる通りだ。また、同社の簡易移植機「ひっぱりくん」で格段に作業効率は向上した。伝統の中にも開拓者精神を忘れずにますますの発展を願っている。

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講演会では小笠原歩さんが登壇してオリンピック秘話を語った。また、実家ではてん菜を栽培しており、苦労話や愛情を感じる逸話も披露した。

祝宴では惠本社長が一転してユーモアを交えた軽妙な主催者あいさつを述べ、来賓祝辞は次の2人が述べた。

長村康弘社長(オサムラ・中部日甜会会長)

100年前の出来事を調べた。国内でキネマ旬報が発刊され、カルピスができた。その中で一番感動したのは銀座で木製の信号機ができたこと。このようなインフラの時代に日甜さんはすでに事業活動を始めていた。大変感動的ですごい歴史だと思う。

西川宗行社長(メルクロス・東部日甜会会長)

日甜さんは真面目な方が多い。会社の幹部も非常のまじめで誠実。それが100年続けてこれた由縁なのかとも思う。ぜひ、これからの100年も貫いてほしい。セミが幼虫からサナギ、成虫となるのことを「蛻変(ぜいへん)」と言う。環境に合わせて形を変えること。日甜も今後の100年に蛻変を起こしてほしい。

万歳三唱で締めくくった(日本甜菜製糖 創立100周年記念祝賀会)
万歳三唱で締めくくった(日本甜菜製糖 創立100周年記念祝賀会)

矢田佳子社長(矢田太一商店・関西日甜会会長)乾杯あいさつ 

夏に久しぶりに高校野球を見て感動した。高校生がピンチになるほど笑顔になる。インタビューではさまざまな感謝の言葉を並べていた。いろんなことがある時代だが、惠本社長の笑顔もこれからの日甜に期待の持てる証拠だと思う。

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歓談後の中締めは高田晃一社長(高田菊次郎商店・北海道日甜会会長)が万歳三唱で締めくくり、佐藤和彦常務取締役札幌支社長(日本甜菜製糖)が代表してお礼を述べて記念祝賀会は盛況裡に終了した。