日本産ホップ栽培100年 東北では新規就農促進も キリン

今年はキリンビールが日本でホップ栽培を始めてから100周年に当たる。同社では国産ホップの取り組みをCSV実践の一環ととらえて活動を進める。

国産ホップは19世紀後半に北海道開拓使が栽培を始めたことが始まりとされるが、その後いったん、消滅した。麒麟麦酒(キリンビール)は1919年に山梨、福島、山形で栽培を開始している。

1950~70年代には国際情勢の影響を受けて輸入ホップが不安定となり、ビール各社は農家にホップ栽培を依頼。作付面積は増えたが、70年代初めをピークに面積は減少の一途をたどっている。

減少の背景として、キリンビール酒類技術研究所の村上敦司博士は為替相場の動きを指摘。円高が進むにつれて安い輸入品を入手できるようになったからだ。また当時はもっぱら苦味付けに使われていたため、海外産の代替品種が多かったことも挙げられる。さらに農家の高齢化が進み、就業者が減っていることも影響しているという。ピーク時には山梨、長野、東北、北海道で栽培されたが、現在は国産の9割が東北産だ。

米国ではホップを大量に使用するクラフトビールが09~18年で約3倍に伸長した。使用量だけでなく品種も拡大しており、その背景には味覚面だけでなく香り付けという要素があるという。

キリンは国産ホップの約7割の作付面積を持ち、自社利用だけでなくクラフトブルワリーへの外販も行っている。1939年から販売しているIBUKIが中心だが、17年には開発者の村上博士の名前を冠したMURAKAMI SEVENを投入。栽培しやすい上、世界の品種にない独自の香りがあるといい、国際競争力になると期待する。

同社は国産ホップのブランド化を通したビール市場の魅力化と、ホップ収量維持を通した生産地域の活性化を、経済的価値と社会的価値を共創するという、CSV(Creating Shared Value)の実践と位置付け、活動を進めている。

東北では新規就農を促す試みも行っており、クラフトへの関心の高まりも影響し、遠野市では過去4年で12人が、横手市では過去2年で2人が就農、現在3人が研修中だ。15年からは国産ホップのブランド化へ向けたフレッシュホップフェストを開催。クラフト向け業務用ディスペンサーのタップ・マルシェも展開を進める。

6月後半からは「MURAKAMI SEVEN IPA」を全国展開。傘下のスプリングバレーブルワリー直営店や、キリン通販サイトのDRINX、タップ・マルシェ導入店で販売する。

ホップ栽培の今後について溝内良輔常務執行役員は「東北で持続できれば全体が持続する。今は年間150~160tが栽培されているが、就農者を増やせば100tで下げ止まる」と見通す。今は量を確保できるIBUKIが主だが、「MURAKAMI SEVENもいずれは輸出したい」(溝内氏)と意欲を見せている。