次の100年へ 世界見据えブランド磨く 「カルピス」100周年 アサヒ飲料岸上社長に聞く⑤

旧カルピス社在籍時、アサヒ飲料の岸上克彦社長は青天の霹靂の思いを二度経験する。

一度目は、旧カルピス社が第三者割当増資を実施し、これを味の素社が引き受け筆頭株主になった1990年。

二度目は、旧カルピスの全株式が味の素社からアサヒグループホールディングスに譲渡された2012年となる。

二度目の12年当時、旧カルピス社の専務取締役だった岸上社長は、役員として最初に重きを置いたのが社員を励まし社員の気持ちに寄り添うことだった。

アサヒ飲料・岸上克彦社長
アサヒ飲料・岸上克彦社長

「どんな人でも自分が勤める会社の資本関係が変わることにショックを受けるはず。その点、私は90年に一度ショックを受けており、その時に強く感じたのは情報が正しく伝わってこないがために不安が増幅していったということ」。

この社員時代の経験を踏まえて試みたのが社員へのタイムリーな情報開示となった。

具体的には「他の役員と議論する中で、守秘義務に触れない範囲で開示できる情報をタイムリーに伝えていくとともに、前向きにとらえてほしいことを一生懸命訴えていった」。

経営統合が始まったのが13年。このとき、岸上社長は第一陣として約300人の営業を引き連れてアサヒ飲料に移籍。このとき、その約300人と旧カルピス社に残っていた700人近い社員に向けて「売上規模が圧倒的に大きいアサヒ飲料という大きな土俵で大きな仕事ができるようになる。そこに目を向けて前向きに進もう」と語りかけたという。

経営統合にあたっては、旧カルピス社とアサヒ飲料社で飲料カテゴリーの重複が多くなかった点が幸いした。

過去から未来へと進化を続ける「カルピス」
過去から未来へと進化を続ける「カルピス」

「アサヒ飲料はビール社のDNAで非常にコンペティターが明確で前に出る力がものすごく強く、逆に旧カルピス社は『カルピス』ブランドを磨いて利益を出していくことを徹底的に追求していった。この両社の営業が一緒になったことで、お互いの良い点というのが本当に見事に融合できた」とみている。

このスムーズな融合が奏功してか、統合によってアサヒ飲料のすべてのブランドが伸長し会社の売上げと利益も拡大していく。

「もしこの時、一方のブランドがうまくいかなかったら、社内に不協和音が残ったかもしれない。もちろん一人一人の感情は複雑だったと思うが、全体として融合は非常にスムーズに進んだと思う」と総括する。

青天の霹靂はアサヒ飲料移籍後にも訪れた。15年、アサヒ飲料の社長として白羽の矢が立ったのだ。それまでは「もしかしたら融合段階にあった旧カルピス社のトップになるかもしれないとは思っていたが、アサヒ飲料の社長を仰せつかるとは考えもしなかった」という。

これまで「大きな土俵で大きな仕事ができる」と言い続けてきた岸上社長。今度はその範を垂れる役回りが巡ってきた。

「カルピス」の製造工程やおいしさが体感できる見学施設(=イメージ)を群馬工場内に新設。10月から一般公開される
「カルピス」の製造工程やおいしさが体感できる見学施設(=イメージ)を群馬工場内に新設。10月から一般公開される

「最初は驚きと大変な責任を背負うことになるという思いだったが、そんなに時間をおかずにして、大きな仕事にチャレンジさせていただけるとものすごく高揚したのも事実」と語る。

今年7月には、岸上社長のブランド観の原点ともいえる「カルピス」ブランドが発売100周年を迎える。「カルピス」のパッケージなどにあしらわれる水玉模様は天の川の星々をイメージしていることを受け、年初に開催された「カルピス」100周年施策発表の場にはプラネタリウムを選んだ。

「次の100周年に向けた活動がとても大事だと考えている。単にのどを潤す機能価値だけでなく、健康価値やおいしさを伝えると同時に、飲んだ人に思いが伝わる、飲んだ人が温かい気持ちになるといったことを、もっとお客さまにお伝えしてブランドと商品を強くしていく。このことが次の100年につながることだと思う」と意欲をのぞかせる。

次の100年に向けては日本にとどまらず海外にも目を向ける。「『カルピス』は世界約30か国で売られているが、まだまだビジネスとしては小さく日本を中心に展開しているのが現状。世界を舞台にもっともっと『カルピス』ブランドを広げていかないといけない」と語る。(おわり)