生みの親・三島海雲 “国利民福”と“天行健”を提唱 「カルピス」100周年 アサヒ飲料岸上社長に聞く④

 ――おいしいこと
 ――滋養になること
 ――安心感のあること
 ――経済的であること

「カルピス」の生みの親である三島海雲が唱えた「カルピス」が持つこの4つの基本価値に立ち戻ってコミュニケーションを刷新した結果、「カルピス」ブランドは08年以降右肩上がりで拡大している。

アサヒ飲料の岸上克彦社長は「三島海雲が唱えた『カルピス』の基本価値をもう一度見直し、その時代に合った形でお客さまにきちんと訴求し続けてきたことが現在につながる成長の源泉になっている」と胸を張る。

2000年からの「カルピス」ブランド低迷期を脱したこの時の経験が、岸上社長のブランド観を現在のものへと肉付けしていく。アサヒ飲料では現在、“ブランドを磨き、ブランドで挑む”の指針の下、「三ツ矢サイダー」「十六茶」「ウィルキンソン」といった「カルピス」以外の主要ブランドでも基本価値を突き詰めている。

そのポイントについて「不易流行という言葉が当てはまると思うが、時代に迎合して基本価値を崩すようなことをしてはダメで、何も変わらずに長く続けているのもダメ。変えてはいけない基本価値と、その時代に合わせた変化の両面がブランドにとってものすごく大事なこと」と説明する。

社長室の三島海雲 85歳時(1963年)提供:三島海雲記念財団

三島海雲は、岸上社長が旧カルピス社に入社する1年半前の1974年12月に死去した。「実際に薫陶を受けたことはないが、社内は三島海雲イズムが徹底されていた。私も当然、三島海雲のことを調べてから入社試験に臨んだため私淑している者の一人だった」という。経営者として三島海雲から学ぶべきこととして、岸上社長はたくさんあるものの中から“国利民福”と“天行健”の2つを挙げる。

国利民福とは、三島海雲の人生観である“国利民福のために尽くさずしてなにものもなし”という私欲を忘れて公益に資する考え方で、関東大震災では、金庫のあり金をすべて拠出して「カルピス」の原液を水と氷で薄めて配り回った。

1963年から現在まで続いている「カルピス」ひなまつりプレゼントも国利民福の考えによるもの。次世代を担う子供たちの成長を願い、ひなまつりのお祝いで飲まれる白酒に代わるものとして、毎年、全国の幼稚園と保育園で「カルピス」を無償提供している。

1962年には、広野に撒かれた一粒の麦になりたいとの思いから全私財を投じて三島海雲記念財団を設立。同財団では毎年、自然科学と人文科学の研究助成を実施している。

アサヒ飲料・岸上克彦社長
アサヒ飲料・岸上克彦社長

「現在、アサヒ飲料が財務的価値と社会的価値を軸とした企業成長に取り組んでいるのは、三島海雲の教えではないのだが、どこかで三島海雲の考えにつながっているのかもしれない。アサヒ飲料も自社の利益のためだけに動いているということは全くないのだが、私は経営者として三島海雲の思いをもっと見習わないといけないし、もっと強く出していきたい」と述べる。

もう一つの“天行健”とは、蒲柳の質であったという三島海雲が健康を保つための生活で得た真理“天行健、君子自疆不息(天行は健なり、君子は自らつとめて息まず)”を意味する。

これは、天体が休まず運行しているように規則的に賢者は働くという意味の易経の言葉で、時間を守り、規則正しくさえしておれば、商売は繁盛し身体は健康になると三島海雲は解釈している。

三島海雲の具体的な健康管理は

①散歩
②日光浴
③養生

の3つで、この中で①については〈歩くということは腰を強くする。中国では、人間の生命は腰に宿っているというくらいである。腰の力が弱ったら、もう人間はだめである〉(ダイヤモンド社刊「初恋五十年」)と書かれている。

アサヒ飲料では、社員自らも社会も健康になることを目指す全社プロジェクト「アサヒ飲料健康チャレンジ!」を実施し、岸上社長も率先して取り組んでいると聞く。

「人の上に立つ者は、規則正しい生活を送り、自ら健康になり規則正しいリズムで会社を運営しなければならない。このことが全くできていない私としては、国利民福とともに学ばなければならないと常々思っている」と気を引き締める。(つづく)