「家族サービス」って?

世間話で「週末の家族サービスは」と聞くのは常套句だ。家人からも「たまには家族サービスしてよ」などと言われて閉口している読者も多いと思う。これまで、一家を支える働き手がなぜ「サービス」しなくてはいけないのか、とずっと感じてきた。「こちらがサービスして欲しいくらいだ」とは怖くて口が裂けても言わないけれど、この言葉に対する違和感はずっとあった。

▼詰まるところ「家族サービス」という言葉が悪いのである。家族と楽しい時間を共有するという行為に、「サービス」という言葉はそぐわない。サービスの究極の目的は「顧客満足」。家族は血族であり、もっとも大切な運命共同体だ。その中に「サービス」を持ち込むならば、家族の意味が消失する。

▼それでも「家族サービス」を求められたら、三波春夫ではないが、神様にどう喜んでもらえるか考えるしかない。コントロールできる有形・無形の能力や気遣いを総動員して行う。だが、企業の顧客サービスと同じく、でき得る範囲で行わなければビジネスとして成立しないし、サービスを維持できない。対価以上のサービスはしてはならないのである。

▼従って、夫はできる範囲で家族に愛情を注ぐ。「愛情表現はサービスという形でやるものではないのだ」と家人に告げたら「阿呆らしい」とそっぽを向かれた。「家族サービス」はげに難しい。