叩き上げの精神で邁進、内部改革し迅速対応の全協に 全日本コーヒー協会 西野豊秀専務理事

本日16日の通常総会を以て全日本コーヒー協会(全協)の専務理事を退任する。全協の前はいわゆる叩き上げの役人だった。農林省(現・農林水産省)に入省したのは1968年。猛烈に働き数々の法律改正を手がけた。

「法律職の人よりも法律改正に携わった。朝5時頃に帰宅して2、3時間眠り出勤するという日々が続き、40代になると週末も働いた」と振り返る。

全協には03年に着任予定であったが、末松広行参事官(当時:官邸勤務)に退職の翻意を促され総合食料局食品環境対策室長に就き、食品リサイクル法改正を見届けてからの着任となった。

全協でまず手掛けたのは内部改革。「広報事業や調査事業では特定の企業に丸投げしていたのを改め、複数の会社からの提案の中からわれわれが選ぶようにした。研究助成も外部に丸投げしていたのを全協でやるようにしたことで助成した方を把握できるようになった」。

そのほか、さまざまな事業を見直してコストを低減し全協を筋肉質にしたことが、08年からエチオピア、ブラジル、インドネシア産コーヒー生豆で発出された検査命令(残留農薬)への迅速な対応と高額な自主検査費用の捻出につながった。

「今年は9月にコロンビア産の米国経由の迂回輸入で再び違反が出た。アウトサイダーの輸入だが日本の食品検疫制度を知っていただきたい。全協のHPには残留農薬基準値を掲示し誰もが理解できるようにしている」。

08年にエチオピア産に検査命令が発出された時は、安全安心委員会の一員としてエチオピアに調査で訪れ、そこで判明したのは、農薬汚染の要因が産地でなく麻袋にあることだった。「最初の違反豆は有機栽培の豆であった。コーヒー産地から積出港ジブチまでトレースし、残留農薬分析したところ、汚染は産地でほとんどなく集積地のアジスアベバ以降が高く、輸送麻袋の汚染が深刻なことが判明した。09年にはイルガチェフェの産地も訪れたが、農家には農薬を撒く資金はないと思った」という。

エチオピアの産地を目の当たりにしてコーヒーが生産者の労力の賜物であることも実感する。「やせ細った体で麻袋をかついで10km先の仲買商のところまで歩き、そこで商談が成立しないと次のところまで再び歩いていくのを見て、何気なく飲んでいるコーヒーだが、大変な行程を経ているのだと思った」。

国内の消費喚起では、12、13年頃から“コーヒーと健康”を消費者理解が進む表現でHPなどで発信し続けたことが近年になって実を結んだ。

起こり得る問題を想定しそこへの準備も怠らない。アクリルアミドに関する取材対応では、事前に委託していた日本食品分析センターの分析結果をもとにアクリルアミドを過度に恐れる必要がないことを説明してHPに公開した。

後任に引き継ぎたいことは”常に改革”。「役人時代も前任の書類は一切読まなかった。前任の書類に引きずられる恐れがあり前に進めないからだ。もっといいことがあると思うのなら、改革していただくのが一番」とエールを送る。

退任後は引き続き全日本コーヒー公正取引協議会常務理事を務め「食品表示法の完全施行、原料原産地表示の完全施行を見届ける」。人生訓は忍耐と寛容。趣味は絵画鑑賞。