「空飛ぶ車」と情緒的価値

「空飛ぶ車」が実用化に向け動き出している。法整備などさまざまな問題をクリアしてからにはなろうが、実現するとドローンのように垂直の離着陸が可能となり渋滞緩和や環境にもよいとか。

▼ただ、それが本当にわれわれの欲していることなのか。空飛ぶ車が行き交う未来を想像してみると、パッと思い浮かぶのはSF映画のそれだが、よくよく自分事化してみると、まず空にドローンや車が浮遊している光景が目障りに感じる。きれいな空を眺める機会が少なくなるだけでも十分な損失だ。

▼さらに空での交通事故や空からの投げ捨てのリスク、空き巣が空から進入する場合に備えた防犯対策などを考えると便利さに伴う窮屈さのほうが大きそうだ。それはSNS疲れと似た感じではなかろうかと想像する。そこまで頻繁にコミュニケーションする必要があるのかと。

▼二日酔いの朝、包丁で果物の皮をむくと、むいているうちに頭がスッキリすることがある。食品業界では簡便性がトレンドだが、便利さばかりに浸かっていると情緒的な部分などで失っているものも多そうだ。